「なぜ生きる」を知りたい人へ

どんな行動にも目的があります。人生にも……

 

◎ どんな行動にも目的があります。人生にも……

 

 どんな行動にも目的があります。たとえば、タクシーに乗った時。いかに無口な人でも、まず行く先を告げるでしょう。目的地がわからねば、どこへ走ればよいか困るからです。むやみに車を走らせたら、時間とお金が無駄になります。
「なんで勉強しているの?」と聞かれたら、「明日、試験があるから」「資格を取るため」などと答えるでしょう。「どこへ行くの?」と聞かれれば、「買い物」「気分転換に散歩」と言うように、行動には目的があるのです。
 では、「なぜ生きるの?」と聞かれたら、なんと答えればよいのでしょうか。

 生きることは大変です。受験戦争を勝ち抜き、就職難をくぐり抜け、リストラにおびえて働き、老いや病魔とも闘わねばなりません。人間関係のストレスに悩まされ、事故や災害、会社の倒産など、不測の事態も襲ってきます。
 これらの苦難を乗り越えて、なぜ生きねばならぬのか。もっとも大事な「生きる目的」が示されぬまま、ただ苦しみに負けず「生きよ」「がんばれ」「死ぬな」の連呼は、ゴールなき円形トラックをまわりつづけるランナーに、鞭打つようなものでしょう。

 

◎ 毎日が、決まった行動のくり返しと気づく

 

 イソップの「アリとキリギリス」の話では、夏のあいだ働いたアリは、冬は楽しく遊ぶことができました。ところが人間は、夏はもちろん、冬も働きつづけなければなりません。
「がんばって生きていれば、きっとそのうちいいことあるよ」と、それらしい体験の無かった人から無責任な励ましを聞かされても、「代わりばえのしない生活がつづくだけ」が実感ではないでしょうか。そんな人々の感覚を『完全自殺マニュアル』は、つぎのように表現しています。

 あなたの人生はたぶん、地元の小・中学校に行って、塾に通いつつ受験勉強をしてそれなりの高校や大学に入って、4年間ブラブラ遊んだあとどこかの会社に入社して、男なら20代後半で結婚して翌年に子どもをつくって、何回か異動や昇進をしてせいぜい部長クラスまで出世して、60歳で定年退職して、その後10年か20年趣味を生かした生活を送って、死ぬ。どうせこの程度のものだ。しかも絶望的なことに、これがもっとも安心できる理想的な人生なんだ。 (鶴見済『完全自殺マニュアル』)

 大学生はたいてい、学校に行くとまず掲示板を見て、休講がないか探します。昼休みの食堂はいつも満員で、退屈な授業が終わると、サークルで遊んだりバイトをしたりして帰宅。2カ月の夏休み、春休みも飛ぶように過ぎ去り、4年間もまたたく間に終わってしまいます。

 社会に出たら、ますますこの回転は速まるでしょう。朝起きて、満員電車に揺られながらの通勤は、まさに“痛勤”。クタクタに疲れて帰ると、すぐ朝が来る。東京南麻布に勤める契約社員だったころ、電車のアナウンス「つぎは広尾」が「疲労」と聞こえるたびに、「今日も朝から疲れた」とため息をつかずにいられなかった。会社まで10分歩く間に、「あっ、この前すれ違った人だ」と思ったことが、何度あったか分かりません。自分も他人も、決まった行動のくり返しだと、つくづく肌で感じたものでした。

「毎日毎日ぼくらは鉄板の 上で焼かれて 嫌になっちゃうよ」で始まるのが、子門真人の「およげ!たいやきくん」(作詞・高田ひろお)です。453万枚の記録的ヒットになったのは、毎日つづく単調な日常に、「嫌になっちゃうよ」と、多くの人が感じているからではないでしょうか。

「生きてきて本当によかった」という満足がなく、来る日も来る日も「食べて寝て起きて」のくり返しならば、ゴールを知らずに走っているランナーと同じです。ゴールに近づく喜びもなければ、「やった!」というゴール突破の感激もないと思ったら、足に力が入るはずはないでしょう。目的地がハッキリしていてこそ元気に走り通せるのは、人生行路も同じです。

 

◎ なぜ生きるかがわかれば、ひとは苦悩すら探し求める

 

 生きる目的がハッキリすれば、勉強も仕事も健康管理もこのためだ、とすべての行為が意味を持ち、心から充実した人生になるでしょう。病気がつらくても、人間関係に落ち込んでも、競争に敗れても、

「大目的を果たすため、乗り越えなければ!」
と“生きる力”が湧いてくるのです。

 ニーチェは『道徳の系譜』に、なぜ生きるかがわかれば、「人間は苦悩を欲し、苦悩を探し求めさえする」と書いています。方向さえ正しければ、速く走るほど早く目的地に着きますから、損をする苦労は一つもありません。人生の目的成就のためならば、時間、体力、お金をどれだけ使っても、100パーセントそれらは生かされます。使い捨てにはならないのです。

 人生に苦しみの波は絶えませんが、生きる目的を知った人の苦労は、必ず報われる苦労です。人生は素晴らしい、と言う人もいれば、何をやってもむなしい、と言う人もいます。

 真の「人生の目的」を知るか、否かの違いでしょう。